どんな動かし方の話か
この記事で扱うのは、損失が大きくなる方向(遠く)へ、最初に決めていなかった理由でずらすことです。たとえば次のような形です。
- 価格が損切りに近づいたので、少し遠くへずらす
- 一度ずらした後、また近づいたので、もう一度ずらす
- 損切りの注文を外して、「様子を見る」
一方で、最初から決めていたルールどおりに損切りを近づける(利益が出た後に建値まで動かす など)のは、ここでいう「動かしてしまう」とは別の話です。大事なのは、その動かし方が、入る前に決めたルールに書いてあるかどうかです。
遠くへずらすと、損失の額が変わる
たとえば EUR/USD を 0.1 ロット(ロットは取引の量)、ドル口座で、損切りの幅が 20pips(pips は値動きの幅の単位)なら、届いた時の損失は約20ドルです。これを 40pips にずらすと、約40ドルになります。損切りの幅を2倍にすると、届いた時の損失も約2倍です。口座の通貨が円やユーロなどの場合、額は変わりますが、幅を2倍にすると損失も約2倍になるのは同じです。
ロット数をそのままにして損切りだけを遠くへずらすと、入る前に「1回でここまで」と決めていた額を超えます。1日の損失の上限を決めている人は、今日の記録カードに上限を入れ、負けた時に額も入れて押すと、上限まであといくらかが出ます。上限の金額は、損失の上限の計算で出せます。
また、損切りの注文は、急な値動きや週明けなどに、その価格より悪い価格で決済されることがあります。損切りの注文を外していると、その分の歯止めもなくなります。
動かす前に確かめること
その場で迷わないように、次の4つを順に確かめます。
1. この動かし方は、ルールに書いてあるか
入る前に決めたルールにある動かし方なら、ルールどおりです。書いていないなら、「その場で決めた動かし方」です。
2. 遠くへか、近くへか
遠くへずらすと、届いた時の損失が増えます。近くへずらすのとは、意味が逆です。
3. 新しい損切りで負けたら、いくらか
損益の計算で、新しい損切りの価格で決済した時の額を出し、最初の額と並べます。損切りを pips の幅で決めている人は、損切り・利確の価格の計算で、最初の損切りの価格を確かめ直せます。
4. 動かしたくなった理由を、1行書く
「もう少しで戻りそう」「ここで切ると悔しい」など、思ったことをそのまま書きます。書いてから決めると、その場の勢いだけで決めにくくなります。
- もし価格が損切りに近づいて、遠くへずらしたくなったら → ずらさず、その気持ちを記録に書く
- もしルールにない動かし方をしたら → その日は新しくは入らない
- もし損切りを近づけるなら → 入る前に決めた条件の時だけ
ご自身の手法に合う形を、ご自身で決めてください。
動かした回数を数える
感覚ではなく数で見ると、気づきやすくなります。1回のトレードごとに、次を残します。
- 損切りを遠くへ動かしたか(はい/いいえ)
- 動かしたなら、何回か
- 最初の損失の額と、実際の損失の額
- 動かした時の気持ち(焦り・悔しさ・期待 など)
1週間ほど続けると、「負けが続いた日に動かしやすい」「疲れている時間に多い」など、自分の形が見えてきます。トレードの回数と勝ち負けは、今日の記録カードで、トレードのたびに1回押すだけで数えられます(損切りを動かした回数は、このカードでは数えられないので、自分のメモに書いてください)。
なぜ動かしたくなるのか(研究から短く)
損切りに近づいた時に手が動くのは、意志が弱いからとは限りません。多くの人に共通する傾向が、研究で知られています。
- 人は、同じ額でも、得より損を大きく感じやすく、損が出ている場面では、さらにリスクを取ってでも損を避けたくなりやすい、という考え方があります(プロスペクト理論)。[1]
- 利益の出ているものは早く売り、損の出ているものは持ち続けやすい傾向は、「ディスポジション効果」と呼ばれています。[2]
- 米国の証券会社の個人口座1万件(1987〜93年、株)では、買った値段より上がっている株(含み益の株)は、下がっている株(含み損の株)に比べて、売られる割合が約1.5倍でした。[3]
- 個人の FX の取引(論文の数え方で126か国の4,226人)を調べた研究では、自分の国の通貨を取引する時に、利益を早く確定し、損失を持ち続ける傾向が強く見られました。[4]
- 実験室の実験では、各期の終わりに自動で売る決まりにすると、この傾向が大きく弱まりました。[5]
これらの研究が調べたのは「いつ売ったか」で、損切りの注文を動かすことそのものではありません。国・商品・時代も違います。それでも、損の出ている場面では、決めたことを先に延ばしたくなりやすいことは、多くの人に当てはまりそうです。だからこそ、その場で考えるより、入る前に決めておき、動かす前に確かめる手順が役に立ちます。
損が続いて苦しい時や、やめたいのにやめられないと感じる時は、一人で抱えなくて大丈夫です。多くの国や地域に、お金やのめり込みについて相談できる窓口があります。
参考文献
- Kahneman, D., & Tversky, A. (1979). Prospect Theory: An Analysis of Decision under Risk. Econometrica, 47(2), 263–291. https://doi.org/10.2307/1914185
- Shefrin, H., & Statman, M. (1985). The Disposition to Sell Winners Too Early and Ride Losers Too Long: Theory and Evidence. The Journal of Finance, 40(3), 777–790. https://doi.org/10.1111/j.1540-6261.1985.tb05002.x
- Odean, T. (1998). Are Investors Reluctant to Realize Their Losses? The Journal of Finance, 53(5), 1775–1798. https://doi.org/10.1111/0022-1082.00072
- Han, G., & Preda, A. (2025). Does home bias amplify the disposition effect? Evidence from retail forex trading. Finance Research Letters, 86, 108263. https://doi.org/10.1016/j.frl.2025.108263
- Weber, M., & Camerer, C. F. (1998). The disposition effect in securities trading: an experimental analysis. Journal of Economic Behavior & Organization, 33(2), 167–184. https://doi.org/10.1016/S0167-2681(97)00089-9