先に、言えることと言えないこと
表は横にずらして見られます →
| 分野 | 言えること | 言えないこと |
|---|---|---|
| 感情に名前を付ける実験 | 実験室で、感情を引き起こす画像に言葉を付けた時、扁桃体(感情に関わる脳の部位)の反応が小さかった。 | 自分のトレードの気持ちに言葉を付けても同じことが起きるか。それで売買の判断や成績が変わるか。 |
| トレーダーの感情と成績 | 感情の動きが大きいトレーダーほど、成績が低い傾向が見られた(80人の相関)。 | 感情が成績を下げた、という因果。感情を言葉にすれば成績が上がるか。 |
| 感情や考えを打ち明ける実験 | 感情や考えを打ち明ける実験(書く形を含みます)をまとめた分析で、平均では小さいが、プラスの効果が報告された。 | トレードの記録に当てはまるか。トレードの成績やお金の損への効果。 |
以下、1つずつ見ていきます。
感情に名前を付けると、脳の反応が変わる(実験室の研究)
心理学では、気持ちを言葉にすること(感情のラベリング、affect labeling)が、つらい気持ちを扱う助けになると、以前から考えられてきました。2007年に、Lieberman らは、感情を引き起こす画像を見ている人の脳活動を fMRI(脳の血流の変化から活動を調べる装置)で測る実験を報告しました。[1]
分かったこと: 他のやり方で画像を処理する時と比べて、感情に言葉を付ける時には、扁桃体などの反応が小さくなりました。反対に活動が増えたのは、右の腹外側前頭前野という場所だけで、この場所と扁桃体の活動には、逆の関係が見られました。著者らは、前頭前野を通って扁桃体の反応が下がる経路が働いているのかもしれない、と考えています。
言えないこと:
- これは実験室で、画像を見ている間の脳活動を測った研究です。実際のトレードの最中の気持ちを調べたものではありません。
- 調べたのは脳の反応です。売買の判断や、お金の結果が変わったかは調べていません。
- 画像の気持ちに言葉を付ける課題と、自分の気持ちを日記に書くことは、同じではありません。
トレーダーの感情と成績の研究
(a) 生理反応の研究: Lo と Repin は、専門の証券トレーダー10人が実際に取引している間の、皮膚の電気的な反応や脈(血流)の指標を測りました。[2] 相場が大きく動いた時などに、これらの指標は有意に変わり、変わり方にはトレーダーごとの差がありました。経験との関係がありそうだ、と著者らは述べています。
(b) デイトレーダー80人の研究: Lo、Repin、Steenbarger は、匿名のデイトレーダー80人に、5週間、毎日の感情の状態をアンケートで答えてもらい、毎日の損益と照らしました。[3] 利益と損失に対する感情の反応が、プラス側でもマイナス側でも強かったトレーダーほど、成績が有意に低い、という結果でした。また、性格の検査では、「トレーダーに向く性格」は見つかりませんでした。
(c) ロンドンの投資銀行のトレーダーの研究: Fenton-O'Creevy らは、ロンドンの投資銀行4社のトレーダーを対象に、質的な研究を行いました。[4] 著者らは、感情とその調整が、トレーダーの判断の中心にあると結論しています。感情が起きる前に状況の受け止め方を調える方法を使うトレーダーは、起きた後で表に出る反応を抑える方法が中心のトレーダーよりも、成績がよい傾向でした(聞き取りによる質的な研究で、因果は分かりません)。
言えないこと:
- (b) は相関です。感情が強いから成績が低いのか、成績が低いから感情が強くなるのか、この研究だけでは分かりません。
- どの研究も、人数が少ないか、質的な研究です。対象は、デイトレーダー(80人)と、投資銀行のトレーダーです。FX の個人トレーダー全体に当てはまるとは限りません。
- どれも、感情に言葉を付ける方法や、記録をつける方法を調べたものではありません。「感情を言葉にすれば成績が上がる」ことを示した研究ではありません。
感情や考えを打ち明ける(書く)実験のまとめ分析
感情や考えを打ち明けてもらう実験は、長く行われてきました。Frattaroli は、146件の無作為化された研究をまとめた分析で、この方法(実験での打ち明け)に、平均では小さいがプラスで有意な効果(相関係数 r = 0.075)があると報告しています。[5] この分析は、個人にとって大切なことについて感情や考えを打ち明けることが、心や健康に役立つか、という問いを扱っています。
言えないこと:
- 効果の大きさは小さく、全員に効くとは言えません。条件によって効果は変わります(その分析は、条件ごとの違いも調べています)。
- 調べているのは、個人的に大切なことを打ち明ける実験の、心や健康への効果です。トレードの記録や、売買の成績への効果ではありません。
- トレードの記録は、数行の短いメモです。実験で打ち明けてもらう内容とは、やり方が違うと考えられます。
では、トレードの記録に気持ちを書く意味は何か
ここまでの研究は、「気持ちを書くと成績が上がる」とは言っていません。それでも気持ちを記録する理由は、研究の結果ではなく、記録そのものの役割にあります。
- 気持ちの記録は、後で数えるための材料です。「焦っている」と書いたトレードが何回あり、その時にルールを守れたか。数えるのは自分の記録で、研究の結果の話ではありません。
- 感情の動きと成績に関係があるかどうかは、自分の記録を見れば確かめられます。上の研究が当てはまるかどうかも、自分のデータで確かめるしかありません。
書いてみて何も変わらなければ、それも1つの結果です。続けるかどうかは、ご自身で決めてください。
記録のつけ方の例
記録は、損益の横に1行です。書くのは3つだけです。
- 気持ちを1語: 「焦り」「退屈」「取り返したい」「落ち着いている」など。ぴったりの言葉でなくてかまいません。
- 強さを1〜5: 1がほとんどなし、5が非常に強い。
- その前後の行動: 入る前にしたこと、入った後にしたこと(ロットを変えた・損切りを動かした・決めた通りに決済した、など)。
表は横にずらして見られます →
| # | 気持ち(1語) | 強さ(1〜5) | 前後の行動 | ルールは守れた? |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 落ち着いている | 1 | 決めた通りに入り、決めた通りに決済 | はい |
| 2 | 取り返したい | 4 | 直前の負けの直後に、ロットを上げて入った | いいえ |
| 3 | 焦り | 3 | 損切りの値を動かした | いいえ |
(作った数字と言葉の例です。この表の通りに書く必要はありません。)
1〜2週間ためたら、気持ちの語ごとに、回数と、ルールを守れた割合を数えます。強さ4〜5の時にルール違反が多いのか、強さに関係がないのか、自分の記録で分かります。ただし、記録の数が少ないうちは、偶然の偏りかもしれません。数が増えるまで、結論は急がないでください。
書くのは、スマホのメモでも、表計算でも、音声入力でもかまいません。書き方の全体はトレード日記に何を書くか、記録のまとめはトレードの記録のつけ方まとめにあります。感情のくせの全体像はFXのメンタルと感情、負けた直後の「取り返したい」は取り返しトレードのやめ方、損の感じ方は損失回避で扱っています。その日の回数や連敗を見るには、今日の記録カードが使えます。
Tiltnote では、トレードごとに気持ちのタグとルールを守れたかを残せます。気持ちごとの回数や損益は、自分の記録で並べて見られます。
このページについて
この記事は、医療や心理の助言ではなく、トレードの売買の勧めでもありません。紹介した研究は、実験室・少人数・相関のものが中心で、FX の個人トレーダーを対象にしたものではありません。研究の結果は、ご自身に当てはまるとは限りません。お金やトレードのことでつらい時や、やめたくてもやめられないと感じる時は、ひとりで抱えず、身近な人や、お住まいの地域の相談窓口に相談してください。
参考文献
- Lieberman, M. D., Eisenberger, N. I., Crockett, M. J., Tom, S. M., Pfeifer, J. H., & Way, B. M. (2007). Putting feelings into words: Affect labeling disrupts amygdala activity in response to affective stimuli. Psychological Science, 18(5), 421–428. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/17576282/
- Lo, A. W., & Repin, D. V. (2002). The psychophysiology of real-time financial risk processing. Journal of Cognitive Neuroscience, 14(3), 323–339. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11970795/
- Lo, A. W., Repin, D. V., & Steenbarger, B. N. (2005). Fear and greed in financial markets: A clinical study of day-traders. American Economic Review, 95(2), 352–359. https://doi.org/10.1257/000282805774670095
- Fenton-O'Creevy, M., Soane, E., Nicholson, N., & Willman, P. (2011). Thinking, feeling and deciding: The influence of emotions on the decision making and performance of traders. Journal of Organizational Behavior, 32(8), 1044–1061. https://doi.org/10.1002/job.720
- Frattaroli, J. (2006). Experimental disclosure and its moderators: A meta-analysis. Psychological Bulletin, 132(6), 823–865. https://doi.org/10.1037/0033-2909.132.6.823